上杉謙信 越山の地

南会津への街道と管理 魚沼市


南会津と越後国境に位置する新潟県魚沼市(北魚沼)には、魚野川と破間川が流れ、魚沼市下倉地区で両河川が合流し流れを大きく西に変えて長岡市川口地区で信濃川に繋がります。東北や関東との人と文化の交流は、縄文時代以来、当地域出土の考古資料から推察されます。中世の頃、魚沼市から小千谷市の一部を中心とする地域は、薮神と称され、刺上郷であった可能性もありますが、詳細は不明です。この地域には魚野川を渡らず通る三国街道(栃原峠ルート)や、越後と会津地方を結ぶ六十里越及び八十里越、銀山採掘のため整備した銀山街道など街道が通り、街道沿いを中心に山城や宿場、寺院、目黒家をはじめとする庄屋などが点在しています。また当地域は、関東方面・会津方面・古志方面への交通・軍事の要衝として重要な場所であり、その中心に県史跡下倉山城が築城しています。下倉山城を舞台に永正年間以降数々の攻防戦があり、上杉氏が会津移封後の慶長5年「上杉遺民一揆」の際には、会津の上杉景勝は豊臣方と協力し徳川方を滅ぼそうと六十里越や八十里越から越後に侵入し、下倉山城跡を攻めたとする歴史があります。

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下倉山城跡


関東から越後へ侵入する陸路を遮るとともに河川交通を掌握できる要所に位置します。天正6(1578)年の御館の乱や慶長5(1600)年の越後遺民一揆の戦場になりました。井戸跡・掘切・曲輪・土塁などが残存します。

魚沼市下倉
県指定史跡

俎板平城跡


南北朝時代、足利尊氏の命で越後国守護になった宇都宮氏綱に従事した多功肥後守の居城と伝えられてます。井戸跡・掘切・曲輪・土塁などの遺構が残っています。

魚沼市根小屋
市指定史跡

館ノ内居館跡


自然地形を利用した市内屈指の中世居館跡。発智氏か原氏の居館跡ではないかと言われています。

魚沼市山田
市指定史跡

長松の十三仏塚


中央に上円下方形塚、どの両側に6基ずつ小型円形塚が東西方向一直線に並んでます。築造年代は南北朝期と推定されます。木曽義仲の妻巴御前が、義仲供養のため造った塚だという伝説が残っています。

魚沼市江口
県指定民俗文化財

おこり塚板碑群


南北朝時代の越後型板碑が5基現存します。正中12(1357)年銘1基、応安7(1374)年銘2基が確認できます。昭和39(1964)年の土地改良の際に現在の場所に移されました。

魚沼市江口
市指定史跡

連日の正中板碑


正中2(1325)年銘の魚沼市唯一の関東型板碑で、石材は緑泥片岩であります。

魚沼市連日
市指定文化財(考古資料)

円福寺 木造阿弥陀如来坐像


仏像の胎内に建保2(1214)年大歳甲戌8月26日造立と記された銘文があり、日本美術史上、貴重な仏像のひとつであります。桂材の寄木造りで、平安後期の定朝様式です。

魚沼市佐梨/国重要文化財(彫刻)

円福寺 木造毘沙門天立像


鎌倉時代初期の仏師運慶法印の作。桂材の寄木造りで極彩仕上げでしたが、長い間に剥落し、現在は足元に一部白く残るのみとなりました。上杉謙信が信仰した仏像として有名。

魚沼市佐梨/県指定文化財(彫刻)

永林寺 石川雲蝶彫刻


石川雲蝶が安政2(1855)年から13年間で本堂の「小夜の中山蛇鳥物語」、須弥檀の迦陵頻伽などを彫りました。位牌堂の天女像は緻密で躍動感あふれ、華麗な色彩が残っています。

魚沼市根小屋/市指定文化財

西福寺 石川雲蝶彫刻


石川雲蝶は木彫の名匠。本作品は39歳のときから6年の月日の間で製作されました。本寺の全彫刻、壁面の漆喰細工、本堂の襖絵、仁王門前の石地像尊、禁酒碑石の文字彫・座石の臥牛などを仕上げています。

魚沼市大浦/県指定文化財(彫刻)

目黒家住宅(目黒邸)


寛政9(1797)年に11代目、目黒五郎助が建てた割元庄屋(大庄屋職)の役宅を兼ねた豪農の住宅です。近世村役人層の典型的な住宅として貴重な遺構であります。

魚沼市須原892
国指定重要文化財

佐藤家住宅


中越地方に分布する中門造りの初期の形式をもつ民家です。昭和54年の解体復元工事で墨書が発見され、元文3(1738)年建立と判明しました。

魚沼市大倉
国指定重要文化財

鷹待山城址


中世の山城で、穴沢氏が応永7(1400)年頃に当地入り築城したと伝えられ、上杉氏が会津へ移封されるまで6代の居城と考えられてます。隣の穴沢集落には穴沢氏の墓塔である魚沼市内最古の五論塔が所在します。

魚沼市大栃山
市指定史跡

滝之又の二本杉


1本は樹高49m、周囲7m。もう1本は樹高47m、周囲6mを計ります。昭和44(1969)年3月、県の天然記念物に指定されました。

魚沼市小平尾
県指定天然記念物

石峠


会津と長岡方面を結ぶ重要路線です。戦国時代には下倉山城と栃尾城を結ぶ軍事上の要路で御館の乱では戦場になりました。峠の中間地点にある大石の窪みは、弁慶の足跡と言い伝えられてます。

魚沼市高倉
市指定史跡

羽黒社の大杉


羽黒社の神木で周囲7.3m、樹高29m、推定樹齢800年です。羽黒社は、南北朝時代、南朝の武将羽黒俊賢の氏神であったと伝えられてます。

魚沼市新道島
市指定天然記念物

三国街道(栃原峠)


峠の掘削は寛永年間(1624~43)と考えられます。栃原峠の地名が見られるのは正保2(1645)年からです。幕府は距離が短く、かつ魚野川を渡渡る必要のない栃原峠ルートを三国街道として整備しました。

魚沼市根小屋
市指定史跡

八十里越


八十里越とは三条市吉ヶ平~魚沼市大白川~福島県只見町叶津までの越後と会津を結び物資が行き交わった峠道。戊辰戦争で、河井継之助がいる長岡藩がこの峠で、新政府軍に抗戦したことでも知られてます。

魚沼市大白川
歴史の道百選 史跡(古道)

六十里越


魚沼地方と奥会津地方とを結ぶ要路。越後上杉氏と会津山ノ内氏との間で緊張した関係がしばし起こり、軍用道路としての役割を果たしました。慶長5(1600)年の越後一揆の際には会津勢が六十里越から魚沼に入り、下倉山城主小倉主膳正を滅ぼしました。

魚沼市大白川 国道252