雪国の風土とフード

我里はいつまて雪の弥生哉 牧之


豆まき入道(八海山)

雪消えが遅い年は、春は名のみの弥生(三月)を迎えます。
新編会津風土記*を読むと、季節の変わり目は、雪でした。雪の訪れが冬の始まりで、雪消えが冬の終わりです。雪のない時期が夏です。
春は、冬と夏の間にあって、残雪の中に咲くマンサクに春のきざしを感じます。雪国の農作業は、春の山に現れる田かき馬や豆まき入道などの雪形を目安としました。秋は、夏と冬の間にあって、雪の到来で終わりを告げます。雪の中に桜が咲き、紅葉に初雪が降ることもめずらしくありません。一年の半分近くを雪と過ごす風土の中に、雪国の食文化が受け継がれています。

新編会津風土記
会津藩が文化年中に村々の地誌をまとめた風土記。

豆まき入道(図)

イワイメーゲツ


明治になって太陽暦が採用されるまでは、年中行事は、太陰暦によりました。太陰暦は、月の満ち欠けを周期とした暦です。十五夜を始め、三日月、七夕、十三夜、二十三夜は、今でもくらしの中に生きています。行事日の里言葉イワイメーゲツ(祝名月)は、太陰暦の名残です。
年中行事は、お正月とお盆の前後に集中しています。冬の行事は神事が主で、お盆は文字通り仏事が中心です。
年中行事には、普段とは違ったご馳走を食べます。ご馳走は行事によって決まっていて、五穀豊穣無病息災を願うものでもありました。

雪国の行事こよみ


一年間の行事を、円形に並べました。中心の円は暦の月(太陽暦)、その次の円は作業ごよみ、外側の円が年中行事、数字は日付です。
青色の部分は雪のある時節、桃色は雪のない時節です。
年中行事は、明治以降大きく変わりました。明治に太陰暦から太陽暦に変わったため行事日がずれ、さらに、戦時下の質素倹約統制で改廃を余儀なくされたことが大きく影響しました。このため、地域によっては、この表と月日が異なります。
行事は、主にカレンダーなどに表示されている名称で表しました。