雪国の風土とフード

はじめに


雪国文化研究ワーキンググループは、雪国観光圏の活動の中で、「真白き世界に隠された知恵と出会う」をテーマに、雪国文化の調査・研究を進めています。これまでの成果をまとめ、江戸時代の食を中心に発信することとなりました。

雪国


いつの時代から雪国という言葉を使うようになったのでしょう。
江戸時代の文人鈴木牧之の『北越雪譜』の中に、雪国の文字が見えます。北越雪譜は、雪国を江戸へ発信した本で、ベストセラーになりました。さらに、長野県栄村と新潟県津南町にまたがる雪国の秘境秋山郷を「秋山記行」として出版しようとしましたが、草稿で終わってしまいました。
雪国と言えば、湯沢温泉を舞台にした小説『雪国』があります。大正・昭和の文豪川端康成は、みなかみ町の温泉に滞在した時、宿の主人にトンネルの向こうへ行くことを勧められます。そして「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」で始まる『雪国』が誕生したのです。昭和四十三年(一九六八)ノーベル賞を受賞しました。

雪国の名産


この地域からは、江戸へ多くの産物が運ばれて行きました。その中でも織物の縮(ちぢみ)は、越後を代表する名産でした。北越雪譜の中に「雪中に糸となし雪中に織り雪水に洒ぎ雪上に晒す雪ありて縮ありされば越後縮は雪と人と気力相半して名産の名あり魚沼郡の雪は縮の親というべし。」とあり、雪国の風土と人が織り成したものと紹介しています。二〇〇九年には、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
この縮の荷物とともに運ばれたのが山菜のゼンマイです。縮商人が大名屋敷などへの進物とし、江戸の川柳にも詠まれています。雪国のゼンマイはアクがなく、高級食材として珍重されたのです。
峠を越えた荷物には水鳥の肉もありました。魚沼郡は、文字通り水鳥の棲む沼があったのです。

雪中と食


漬物は、長い冬を過ごすための保存食でした。この保存食に豊かな味と香りが加えられ、名前も「香の物」となり、お膳にものぼるようになります。
冬の野菜の代表は大根でした。冬囲いと合わせて軒先に大根つぐら、大根だてが作られます。野菜を新鮮に保つ先人の知恵が引き継がれています。

食は祈り


食は祈りでもありました。牧之の記録にあるように、普段の食は地主でも質素でした。行事日はイワイメーゲツ(祝名月)ともいい、神仏にご馳走を供え、五穀豊穣無病息災を祈って食したのです。
イワイメーゲツの食には、歴史が感じられます。正月の代名詞でもある雑煮には縄文時代が、赤飯には弥生時代の食が見えてきます。

「真白き世界に隠された知恵と出会う」一助となれば幸いです。