胎内潜
宿揚と唱る所は家の前に庇を長くのばして架る、大小の人家すべてかくのごとし。雪中はさら也、平日も往来とす。これによりて雪中の街は用なきが如くなれば、人家の雪をここに積。次第に重て両側の家の間に雪の堤を築たるが如し。ここに於て所々に雪の洞をひらき、庇より庇に通ふ、これを里言に胎内潜といふ、又間夫ともいふ。間夫とは金掘の方言なるを借て用ふる也。間夫の本義は妻妾の奸淫するをいふ 宿外の家の続ざる処は庇なければ、高低をなしたるかの雪の堤を往来とす。人の足立がたき処あれば一条の道を開き、春にいたり雪堆き所は壇層を作りて通路の便とす。形匣階のごとし。所の者はこれを登下するに脚に慣て一歩もあやまつ事なし。他国の旅人などは怖る怖る移歩かへつて落る者あり、おつれば雪中に身を埋む。視る人はこれを笑ひ、落たるものはこれを怒る。かかる難所を作りて他国の旅客を労はしむる事求たる所為にあらず。此雪を取除とするには人力と銭財とを費すゆえ、寸導は壇を作りて途を開く也。そもそも初雪より歳を越て雪消るまでの事を繁細に記さば小冊には尽しがたし、ゆえに省てしるさざる事甚多し。(北越雪譜 初編巻之上より)